ロゴスの市

乙川優三郎著の『ロゴスの市』を読み終え、自分は一流の通翻訳者になることを目指しているくせに、なんて言葉に対して無頓着なんだろうと反省した。

この本の内容は、人生の酸いも甘いも嚙み分けたことがなければ、堪能できないだろうなぁ(自分はそんな経験をしたとは胸を張って言えないが)。

オハイオ州の大学卒業した後、NYで働いてた時期があって、その頃は暇さえあれば本屋に入り浸っていたことを思い出す。

この本に登場するインド系アメリカ人の女流作家であるジュンパ・ラヒリ。NYにいた当時、本屋(確かUnion SqのBarns & Noblesだったかな?)の今月の新作というテーブルに平積みされてたJumpa LarhiriのInterpreter's Maladiesというタイトルに惹かれて即買いしたのを覚えてる。それから数日間は、彼女の綴る世界に身を置いてた。30代に入り、初めて日本で暮らし始めた頃、本屋で邦題「停電の夜に」を見かけたときは、なんて素晴らしいタイトルに訳されたんだろう、とチラッと思った。

NYで暮らしてた20代半ばのころはすごく幸せだったなぁ。1日働いた後、残業もなく定時に職場を離れて、忙しない夕暮れの街を歩いて本屋やブティックに立ち寄って、狭いけど居心地抜群のアパートに帰って、ゆっくり夕食をとって…と平凡な日々だったけど。

週末は公園をぶらぶら歩いたり、美術館へ行ったり、夜中近くにテレビでSaturday Night Liveを観て笑ったり、…。懐かしくなってしまった。

今振り返るとNYでの生活はとても平和で幸せだったと思う。

ま、過去なんて嫌な事は全てフィルターアウトされて、美化されてしまうものですね。

今も十分幸せです。

でも、ロゴスの市を読み終えて思ったのは、翻訳者・通訳者を職業とするなら、海外で暮らしてその国の文化と生活に触れるべきということ。言語は生き物だから時代とともに変わりゆく。先日、朝の食卓で、夫に「ヨーロッパではサマータイムを廃止するらしいよ」("Europe is considering to abolish summer saving time")て話したら、怪訝な顔をされた。しばらくして、あぁ、「デイライト・セービング(Daylight saving time)のこと?」と切り返された。知っていた言葉なのに、和製単語に引きずられてしまった、おぅマイ、なんて恥ずかしいこった。みなさん、英語で話す時、サマータイムと言っても通じませんよ。英語で日本はサマータイムを導入するらしいよ、なんて話をする際、Daylight saving timeと言いましょう(←自分に対して言い聞かせてる)。

こんな時に思うのは、日本での暮らしが長過ぎたということ。なんか自分の中で和製英語がごっちゃ混ぜになってる。

今は無理ですが、いつかアメリカで数カ月でもいいので暮らしてみたいなものです。